あるとくぺらせす

小説置き場

ヒヤコ2

『もしもし桂木?』
「篚口さん?」
『おー。声だけで俺ってわかるんだ。ふたりの距離が縮まったって感じがしていいね』
「……いや、携帯に篚口さんの番号覚えさせてるだけだし」
『なんだよつまんねーな。ここは俺に合わせてうなずくところじゃん』
 


 
 警視庁に行く道中かかってきた携帯電話越しに、篚口さんの明るい声が耳に心地いい。
 笛吹さんにお願いした甲斐もあって、篚口さんは笛吹さんの監視下のもと、警視庁に残れることになった。
 篚口さんは愚痴ばかりこぼしているけど、本心ではとても嬉しいに違いない。親からの愛情を一切受けることのなかった篚口さんにとって、笛吹さんは父親みたいな存在になったのだ。毎日様子を見に来てうんざりだなんて、ほんと、素直じゃないところが篚口さんらしい。
「で、どうしたの? 私これからそっちに行くよ。あ、何か欲しいものがあるとか? だったら途中で買っていくけど」
 腕時計をちらりと見ながら言うと、篚口さんは笑った。
『いや、俺桂木しか要らないから、寄り道しないで来てよ。そのほうが嬉しいし』
「わっ!? 何言ってんの!?」
 思わず携帯電話を落としそうになる。……全くもー。
 この間、自宅のパソコンに篚口さんが侵入してきて『篚口スペシャル電子ドラッグ』(後で篚口さんがそう命名してた)を見せられて以来、私はどうも、篚口さんのドラッグにやられたらしいのだ。
 ふとした時に、篚口さんのことを思い出しては赤面する。今何をしているのか、寂しい思いはしてないかとか、思いを馳せる。
 あの画面を見るまでそんなことなかったのに、今も私は篚口さんのもとへ足を進めている。
 参ったなと思うけど、そんなに嫌ではなかった。嫌われるよりは、好かれたほうがいいし、私は前から、篚口さんのこと嫌いではなかったから。
 てくてく進んでいると、たまに道行く人が私を見てあっと口を開ける。……一年前まで誰が想像できただろう? この平凡な、ちょっと食いしん坊なだけの私が、今では世界的有名人となってしまったなんて。
「その内アヤさんみたいに、サングラスつけて歩かなくちゃいけなくなるのかな」
 苦笑しつつそうつぶやいて、私は警視庁の門をくぐった。


「おす! 桂木」
「こんにちは、篚口さん」
 篚口さんのいる部屋に入ると、篚口さんは座っていた椅子をくるりと回転させて、私を出迎えた。
 相変わらず篚口さんはパソコンと向き合ってたようで、その後ろにはモニターがちかちかと光を放っている。しかし、殺風景な部屋だ。パソコンと椅子とテーブル。この部屋にはそれ以外のものがない。白と黒。その二色のみで統一されていて、そこへ入る私はさながら篚口さんの電子世界に侵入したウイルスのようだ。
「手ぶらで来ちゃった」
「いいっていいって。桂木がいるだけで俺は充分だからさ」
「またまた」
「あれ、信じてない?」
「ははは」
 私は軽くかわしながら、篚口さんが今まで向き合ってたパソコンに顔を近づけた。
「今度は何を作ってるの?」
「ああ、これ?」
 篚口さんは椅子を回転させてモニターの方を向くと、キーボードを素早く操作して見せた。
「警視庁のセキュリティを強固なものにしてやったら、上のおっさんらにえらく感謝されちまって、特別手当と休暇もらったんだ。で、暇なんでネトゲでも作ろうかと思って」
「え……!」
 私は固まった。
 篚口さんのご両親が廃人になるほどはまったネットゲーム。
 その世界をつぶした篚口さんを待っていたのは、最後まで現実世界に戻れなかったご両親の無残な姿だった。
「どうして……そんなものを?」
 指先が冷たくなって、声が震えた。
 篚口さんは両手をキーボードの上で躍らせながら、ひとりのキャラクターを出現させる。
「ホラ、これ桂木に似てるだろ。ショートヘアに髪留めに……」
「……篚口さんっ」
 私が悲鳴のような声をあげると、篚口さんは首をかしげて笑った。
「俺から両親を奪ったネトゲは憎いけどさ、俺はゲームそのものを嫌いになりたくないんだ」
「……」
「基本的にゲームは娯楽の一種だ。そりゃ楽しいさ。リアルじゃありえないことがたくさんできるし、魔法も使える、人も殺せる。ゲームに依存するやつらが出てきても仕方ない。でも俺の両親は異常なケースだ。今も世界のあちこちで、ガキの頃の俺みたいなやつがいるんだと思うと、何かしなくちゃいけないんじゃないかって思ってさ」
「で、篚口さんもネトゲを?」
「そ。でも俺のは時間制限を設けた」
 篚口さんは時計のような表示をしたアイコンをモニターに出現させる。
「このゲームは一日に5時間しかできないようになってる。常にこの時計が右上に表示されて、0になったら強制ログアウトだ。だからプレイヤーは、それまでにいくつかのイベントをこなさなくちゃならない。もちろん、時間をいじくったり、時間制限をなくしてしまうようなツールを作るやつらも出てくるだろうけど、そんなもの通用しないような、強固なプログラムを組んでる途中。どうだ? これなら、一日パソコンに張り付くことは絶対にないだろ」
「うーん」
 私は顎に指をやって、しばしモニターの時計とにらめっこした。
「なんだよ、いいアイディアだろ」
「確かにそう思うけど……」
 私は時計を見るのをやめて、篚口さんを見た。
「でもさ、そんな制限かけちゃったら、皆次第に他のネトゲに手を出しちゃうんじゃないかな。相当面白いゲームにしないと、あんまり売れないかもよ」
「言うね、桂木」
 篚口さんはおでこに乗せていたメガネをチャッと下ろして、キーを叩いた。
「俺が作るネトゲだぜ。そんじょそこらのネトゲと一緒にされちゃ困るってもんだ」
「へー。ねえねえ、どういうゲームなの? これ」
「ゲーム自体はありきたりさ。いくつかの国があって、その国の住人がそれぞれ職業を決めて、仲間とつるんで敵を倒してレベル上げていったり、物を作って売ったり、動物になって誰かのペットとして飼われたり」
「へえ……でも、篚口さんだから、それも普通じゃないんでしょ? そのー、戦い方が普通のネトゲとは違うとか、音声入力が必要だとか」
「ははっ」
 ネトゲに詳しくない私が適当に言った言葉に、篚口さんは声をあげて笑った。
「音声入力なんて、近所迷惑になるだろ。夜中に『ファイアーボール!』とか叫ぶの? ははははっ」
「だ、だってこっちのことはあんまり知らないんだもん」
 膨れながら言うと、篚口さんはメガネをまたおでこにあげた。
「まず、ゲームをやる前に30秒程度のOPを流す。これは何度ログインしても変わらない。このOPを見ないとゲームはできない」
「えー、それ面倒じゃない? OP省略しないと、皆嫌になっちゃうんじゃ」
「まーまー、そのOPを見ないと、このゲームのよさはわからないようになってるのさ」
 篚口さんがまたキーを叩き、エンターを最後に押した。
 低音の、どこかおどろおどろしいメロディが流れ出し、自然とモニターに見入って行く。
 真っ暗闇。
 次第に明るさを増していく中、そこに見えるは森林の中の小さな村。
 誰かの後姿。
 ゆっくりとこちらを向く。
 あれ、この人は――


「はい、ストップストップ!」


 篚口さんが私の目に片手を当てて、かちゃかちゃとキーを叩いた。
「うわっ!? なんでっ!?」
「だめだめ。これ最後まで見ちゃうと、きっかり5時間ゲームにはまるようになってる」
「えええっ!?」
 じゃあ見せないでよ!
 と言おうとしたけど、まてよと思いなおす。
 篚口さんが手をどけるやいなや、私は冷や汗を流して叫んだ。
「てことは、これ電子ドラッグじゃん! 洗脳じゃん!」
「あ、ばれた?」
「ばれるわ!」
 な、何を考えてるのよ!?
「でも、5時間経てば、このゲームをやろうとは思わなくなる。その日はね。明日やりたいと思うかどうかは、本人次第だけど」
 篚口さんは椅子にもたれた。キィと背もたれが小さく鳴った。
「俺はね、桂木。ゲームは楽しいもんだと思うし、それをこの世から失くそうとは思ってないんだよ」
 篚口さんは、またキーを叩いて、私に似せて作ったというキャラクターをモニターに出現させた。モニターの中の私は無表情で、くるくると意味もなく回り続けている。
「ただ、遊ぶには限度がある。それを知ってもらいたい。ゲームはあくまで娯楽なんだ。リアルと引き換えにしてまで遊ぶもんじゃない。人生を捧げるほど価値のあるものでもない。俺はそれを、このゲームを通じて世界中のネトゲ中毒者たちに教えたいんだ。まあ、ネトゲ中毒者たちは自分がのめりこんでるネトゲがすべてだろうから、俺の作ったネトゲに新たに手を出すとは考えにくいけど」
「そっか……」
「うん」
 しんみりとした空気が流れる。
 私が途中まで見たOPムービーで、最後にこちらに向かって振り返ろうとしていたのは、多分、篚口さんだったと思う。
 暗闇で、迷子になってる篚口さん。
 プレイヤーは、彼を助けたいと思うはずだ。そんな暗いところにいないで、こっちにおいでって。
 もう、ひとりにはさせないからって。
「……完成したら、すごく売れるんじゃないかな」
 ぽつんと言ったら、篚口さんは途端に満足げに胸をそらした。
「そりゃそうさ。秋葉の電化街にOPを流すだけでバカ売れ間違いなしだぜ。どんな手を使ってでも手に入れようとする輩で溢れるんだろうなあ! はははははっ!」
「ちょ……こら、篚口さんったら!」
「じょーだんだって!」
 冗談に聞こえないから怖いんだって……!
「でも、これ笛吹さんに言ってあるの? こんなアブナイゲーム、発売しようとしたらすぐに没収されそうだけど」
「あー心配ない。ネットで仲間集って、ゲームデータのバックアップヤツらにばら撒いてるし、俺に何かあっても――」


「その仲間のHNは、『テディベア・うーちゃん』か?」

「!!」
 唐突に響いた声に、私たちは揃ってびくりとした。
 篚口さんが青ざめながらそちらを振り返る。

「な、なな……」
「あ、笛吹さん……」

 カツカツと早足にこちらに歩いてくるのは、額に血管を浮かび上がらせた笛吹さんだった。

「ちなみに『ピロリ菌』と『タバコと酒』は筑紫と笹塚だ。何か言いたいことはあるか?」
「う……まさか、あんたら……」
「ふん。貴様のネット上の動きなどお見通しだ! 私の目を欺こうとするなど、百億万年早いわっ!」
 さ、さすが笛吹さんだ……! 篚口さんが固まってるし……!
「『うーちゃん』ってアンタだったのかよ!? 俺てっきり少女趣味入った女子高生とばかり……!」
「ふははははははっ! 甘いわ! そんな相手に大事なゲームのバックアップを流すとは……まだまだだな篚口!」
「どーりで最近筑紫のおっさんが妙な目でアンタを見てるわけだ……」
 敗北感にがっくりとうなだれる篚口さん。
 私はといえば、そんなふたりを眺めつつ、笛吹さんが演じた『テディベア・うーちゃん』ってどんな人なんだろうと、笛吹さんを見ていたりする。
 笛吹さんは、私の視線の意味を理解したのだろう。カッと真っ赤になって、ぴしっと私を指差した。
「何を見ている桂木弥子ォォォッ!! 貴様が私にどれだけ迷惑をかけたか、今一度思い出させる必要があるらしいな!!」
「えええっ!? ちょっと……」
「来い!」
 ぐいと腕をつかまれて、私はなすすべもなく引きずられる。
 助けを求めようと篚口さんを見たら、篚口さんはまだショックから立ち直っていないらしい。
「ああ、桂木……また来てくれよな」
「う、うん!」
「はぁ……やっぱふつーに、『篚口スペシャル』の改良でもしてりゃよかった……」
 そんな篚口さんの声が遠ざかり。



 ばたん。



 私はドアが閉まる寸前、篚口さんを照らす陽の光を見て、何故かほっとしたのだった。









 終わり


 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

魔人探偵脳噛ネウロ | コメント:2 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

ヒヤコ大好きです。もっと書いてください!
2007-11-18 Sun 13:23 | URL | レン #-[ 編集]
読んで下さってありがとうございます!
最近篚口さんの出番がないですが、どこかで活躍してくれると思って待ってます。
また書きたいと思っておりますので、その時はどうか読んでやってください。
2007-12-16 Sun 21:02 | URL | おりえ #-[ 編集]

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